役員 甲斐憲一様
奨学生へのメッセージ
役員 甲斐憲一様
奨学生へのメッセージ
平成14年11月 宮﨑の財団設立にご尽力いただいた役員 甲斐憲一様 の奨学生へのメッセージです。
「歩み」
確か平成元年2月頃のこと「宮崎に育英財団を設立するので、宮崎県出身であるあなたが企画立案して設立準備を進めてくれませんか」「期限は一か月以内」と壽崎会長よりのご指示を頂いた。
サア大変、育英資金の財源は壽崎会長の私財のご提供ということで第一の関門は突破し心配はなくなったが、あとは理事、監事、評議員、選考委員等の人員構成で、これは全く白紙の状態で、頭の中は混乱状態であった。総勢25名は最低必要である。地元金融機関、マスコミ、教育界、商工会議所関係などに地元有力知識人などと頭に描いてみたものの具体的な動きとなると全くの手探り状態である。
先ずは私の出身企業である銀行に出向き、頭取さんの理事役員就任をお願いしたところ、即決で賛成して頂いた。大変うれしかった。
商工会議所及びマスコミの方々はかねがね面識があったので、快く引き受けていただきホッとした。
次いで教育界は全くの白紙。知人を頼って、教育界の重鎮で長く県教育長を経験された●●様にお願いに上がるべくご自宅にお伺いした。
育英財団設立の趣意書を持参して30分位ご説明を申し上げた処、ジッと聞いておられた●●様が大きな声で「壽崎会長さんの素晴らしい人生哲学にふれ感激した。若い学徒の人間形成に手助けをされることは山に樹を植えそれを育てることと同じで、今すぐ形にはならないが、長い人生の中では極めて意義深いものがある。大賛成である。知り合いの有力な方々に協力を呼び掛けてあげよう」と予想もしなかったお声を頂き感激した。
その場で、お知り合いの元高等学校の校長先生、県●●医師会会長、教育界に接触のある有力女性の方々に直接お電話をされ協力要請をして頂いた。
これを軸にしてたくさんの方々の輪が広がった。
設立当初の役員名簿を開いてみて、今感無量のものがある。
認可官庁である宮崎県教育委員会にお伺いし認可申請書を提出した。
県の担当者が先ず書類を見て「よくこれだけの宮崎県内の有力メンバーに協力して頂けましたね。さすがは壽崎肇さんの御人徳ですね」とお褒めの言葉を頂き今までの疲れもいっぺんに吹き飛んでしまった。
以上のような経過を経て第一回の役員会、奨学金交付式を宮崎観光ホテルで開催する運びとなった。感無量のものがあった。 当時奨学生は定員40名。県内の短大以上の大学に奨学生の推薦をお願いして廻ったがいつも定員以上の応募があり学校側のご協力に心から感謝を申し上げているところです。
本育英会の特色は奨学金の返済が不要ということもあるが唯一のものは奨学生の方々の集った会議の中で、食事をはさみながら、人生経験豊富な役員の方々の御講話を聞けることである。心の洗濯ができる感激を味わえることです。
過去の奨学生諸君の話を聞いても、学校では味わえない思い出に残る一瞬と言っておられる。
壽崎会長はかねがねから、「感謝報恩」を人生の信念としておられ、事にあたっておられ、それに基づいた御講話は心を打つものがある。
財団設立後14年。早いもので、本育英会の育英資金を受けた奨学生の方々は500名を超えている。
壽崎会長の高邁な理想の下に設立された壽崎育英財団のさらなる発展と理事役員の方々のご協力と奨学生諸氏の幸せを祈って本育英会の設立に携わったものの一人として感謝の心を込めペンを置きます。ありがとうございました。

